| 0〜18才 | 1948(S23)生まれ 双子座 讃岐平野で育ち、信心深い祖父に連れられ、お寺参りをしていたようです。 中学ではバレーボールをしていました。1962年大松博文氏の香川県下の中高のバレー部員対象の回転レシーブの講習会に参加しました。 |
| 19〜21才 | 看護師になるため京大医学部附属看護学校に入学 |
| 22〜23才 | 脳外科病棟に勤務 |
| 24〜25才 | ヴォーグ編み物指導者養成校に入学 |
| 1972年ミュンヘンオリンピックの男子バレーが金メダルを取るのを確認するため、友人と7月25日にヨーロッパに向けて出発。 30日間は9都市(パリ、リスボン、マドリード・・・・)を巡り8月25日にミュンヘンに到着(友人はオーストリアへ) 小さな村の民宿から、一日おきにバレーボール会場へ通い、9月9日東ドイツとの決勝戦で金メダルを取る瞬間を見ることができました。 |
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| 26〜28才 | 再び脳外科病棟に勤務 |
| 28才半ば | 生まれ故郷に帰る。ヴォーグ社で働いていた同級生のおかげで、ニットデザイナーとびないえいこ氏とめぐり合い、以後25年間ニッターをしました。 |
| 29〜60才 | 縁あり、関東へ。日高市に住んで30年余りになります。 3人の子育てと編み物とテニスをして、過してきました。 |